DBM(ダブルバランスドミキサ)は、変調や復調を行うための回路で、その特性の良さから電子工作の世界でも無線関連を中心に昔から親しまれてきたデバイスです。
当サイトでは今後、同期検波ラジオなどのDBMを使う作例をいくつか公開予定でして、そのための準備として使えそうなDBMを調査したのでついでに公開しておきます。
とはいっても入手性がよく電子工作に手頃なDBMというと、現在のところ次の2品種しかありません。
外付け部品が少なくてとても使いやすいですが、SSOP8パッケージなのでDIP派には敬遠されることもあるようです。他に「NJM2594M」というDMP8パッケージ品もあるはずなんですが入手困難です。
当方では、今後これを使っていく予定なので詳しく検証しました。
古くは30年以上も昔からあるモトローラの「MC1496P」のセカンドソース品。DIPパッケージで特性も良く愛好家も多いようですが、欠点は高い電圧と多くの外付け部品が必要なこと。これはみんな言ってます。
最後の方で簡単な説明だけしておきます。
NJM2594の標準特性
検証環境です。
回路はSSOP8のSIP化変換基板を使いブレッドボードで組みました。隣接するピンの内容を考慮すると、プレボの浮遊容量(4~5pF)の影響はほとんど無いはずです。
測定に使ったオシロはXDS3202A(200MHz)で、内蔵している25MHz(2ch)のファンクションジェネレータを信号源に使いました。
このオシロは50Ω受けができるのですが、ケーブルが足りなかったので50Ωの負荷抵抗を接続しその両端をプローブで計測します。
また、ファンクションジェネレータは50Ω出力ではないので、オシロ側の出力電圧表示を見るのではなく、NJM2594の入力端子で電圧を確認しながら出力電圧を調整します。
SSOP 8ピンSIP化変換基板 今回利用したSSOP/SIP 8ピン変換基板。 オペアンプの時はパスコンも実装できます。 |
XDS3202A 最大1GS/s 14bitAD 200MHzバンド幅のデジタルオシロスコープ。タッチ式スクリーンは広くて見やすいです。 |
信号レベルと歪の目視チェック
信号の入出力レベルに関しては、データシートに載っている特性グラフから次のことが読み取れます。
OUTPUT2レベル 対 入力信号レベル
入力信号レベル(Fs)を上げていくと出力レベルも上がっていくが、5dBm(1.1Vpp)以上入力しても上がらなくなる。
また、0dBm(632mVpp)を超えるとFcのリークが出てくるので恐らく歪も出てくる。
OUTPUT2レベル 対 キャリア信号レベル
キャリア信号レベル(Fc)を上げていくと出力も上がっていくが、-7dBm(282mVpp)以上入力しても上がらなくなる。
また、-15dBm(112mVpp)辺りからFsのリークが変化(下がる)しているので歪が出てくる可能性がある。
二つ目の表では、Fsのレベルの記載が抜けていますが-10dBmのはずです。
また、データシートの応用回路例では「キャリア入力信号レベルが約100mVから、出力信号レベルは一定になります」との記載がありますが、この100mVというのはdBm換算すると-7dBm(282mVpp)、つまりVrms単位だということが分かります。そしてこれは、あくまでもキャリア入力の信号レベルについての話であって、実際には信号レベルの方を上げると100mVrmsを超える出力が得られます。
これらに限りらず、このデータシートには言葉足らずというか、足りないなと思う点が色々あります。MC1496Pのデータシートとは大違いですw
では、実際に計測してみます。
エミッタフォロア出力を利用する次の基本回路にて、データシートの測定条件に近い条件で測定してみました。
Fc:25MHz 282mVpp
Fs:0
OUT:17mVpp
まずは入力信号0の時の出力。この環境では約5mVppのバックノイズが観測されるので、単純に計算すると-29dB(12/282)のキャリアリークとなり、一応データシート通りです。
Fc:25MHz 282mVpp
Fs:1.75MHz 200mVpp
OUT:316mVpp(-6dBm)
二つの信号を入力した時の出力(Average)
データシート(-7dBm)より少し高出力です。
一見すると綺麗な出力に見えます。
Fc:25MHz 282mVpp
Fs:1.75MHz 200mVpp
OUT:314mVpp(-6dBm)
しかし拡大してみると、少し歪んでいるのが分かります。
Fc:25MHz 100mVpp
Fs:1.75MHz 200mVpp
OUT:157mVpp(-12.1dBm)
キャリア入力レベルを下げると歪も少なくなりました。先のFcが-15dBm(112mVpp)辺りを超えると歪が多くなるかも、という推測は当たっているようです。
Fc:25MHz 100mVpp
Fs:1.75MHz 600mVpp
OUT:465mVpp(-2.7dBm)
入力信号レベルの方は600mVppまで上げてみても歪むことはありませんでした。ただ、この辺りを超えると上下の対称性が崩れてきます。
データシートでは相互変調ひずみは、キャリア入力レベルが-7dBm(282mVpp)の時-60dBとあります。これは、オシロ波形の目視で認識できるレベルではないと思うのですが、実際には歪んでいるのが見えたのでソコだけが気になります。
この検証では入力ラインが50Ωになっていないので、念のためキャリア入力端子のインピーダンスを50Ωに下げてやってみも結果は同じでした。
このように、キャリア入力レベル(Fc)は100mV程度を超えると歪が増えますが、入力信号レベル(Fs)の方は600mVpp程度まで上げてもわずかに悪くなるくらいです。Fsは変調を与える信号なのでダイナミックレンジが確保されているのでしょう。
なので、出力レベルが欲しい場合は信号レベルの方を上げる方が良さそうです。
次は同じ信号の入力です。
Fc:10MHz 200mVpp
Fs:10MHz 200mVpp
OUT:135mVpp(-13dBm)
ミキサなので二つの入力に同じ10MHzの信号を入力すると2逓倍された出力が得られます。クロックダブラの原理です。
Fcが200mVppなので少し歪んでますね。
なお、全体を通して消費電流は無負荷(2pinと3pinオープン)の時で11mAでした。
リーク調整法
NJM2594は特にキャリアNULLを取らなくても、良好な特性が得られることが分かっていますが、データシートに載っている次の回路でキャリアリーク調整を試してみました。
Fc:25MHz 282mVpp
Fs:0
OUT:32mVpp
調整VRを+側一杯まで回すと、17mVpp→32mVpp、約5%程度のキャリアリークが現れます。
Fc:25MHz 282mVpp
Fs:0
OUT:27mVpp
調整VRを-側に回すと、移相が反転したキャリアリークが現れます。
+側に回した時より少し少なめですね。
220KΩの高バイアス抵抗によって微妙な調整ができるようにしてあると思われます。後述しますがこの抵抗値を小さくすることで、リークを増やすことが可能です。
NJM2594の低周波特性
データシートのグラフではどれも1MHzまでの特性しか載っておらず、それ以下の周波数については不明です。まあ、グラフの傾向からするとそれ以下でも変わりなく使えそうには見えるのですが、ここではソコを試してみることにします。
なお、低周波とはいっても、AM放送(中波帯)の周波数帯域での検証です。
信号レベルと歪の目視チェック
回路は基本的に変わりませんが、入力信号側とバイパスコンデンサの容量を変更します。
Fc:1MHz 282mVpp
Fs:1KHz 200mVpp
OUT:292mVpp(-6.7dBm)
この波形だけ見ると問題なく動作している用に見えます。しかし・・・
Fc:1MHz 282mVpp
Fs:1KHz 200mVpp
OUT:289mVpp(-6.8dBm)
え~~!拡大してみると結構歪んでいます。
周波数が低いので、よりクッキリ見えるようになった感じです。
Fc:1MHz 282mVpp
Fs:1KHz 200mVpp
OUT:292mVpp(-6.7dBm)
試しに負荷抵抗(RL)を外すとこんな山が潰れたような波形になります。コレクタクタ出力(2pin)を無負荷で測定したときも同様です。
色々試してみましたが、やはりキャリア信号レベルを低くする以外に歪を少なくする方法はないようです。
Fc:1MHz 100mVpp
Fs:1KHz 200mVpp
OUT:151mVpp(-12.4dBm)
キャリア信号レベルを100mVppに落とすと、かなり良くなりました。
Fc:1MHz 100mVpp
Fs:1KHz 200mVpp
OUT:153mVpp(-12.3dBm)
当然出力レベルは低くなりますが、ちゃんと出てますね。
このように、FcとFsの入力レベルと歪率の関係は、標準特性検証(高周波帯)の時と同じであることが分かりました。
AM変調してみる
AM変調では無信号時でも搬送波が必要なので、意図的にキャリアをリークさせる必要があります。そこで、220KΩの抵抗を10KΩに変えてみて、どの程度キャリアリークを増やせるのか試してみました。
Fc:1MHz 100mVpp
Fs:0
OUT:220mVpp(-9.2dBm)
プラス側一杯まで回すと、入力キャリアレベルの約2倍のリークが得られました。
Fc:1MHz 100mVpp
Fs:0
OUT:167mVpp(-11.6dBm)
マイナス側一杯の場合は、入力キャリアレベルより少し多いくらいのリークレベルです。
10KΩより低い値でも試してみましたが、要は最大出力(630mVpp程度)の範囲内で大きく歪むことなくリーク量を調整することができ、バイアス抵抗値は希望の調整量に合わせて数KΩ~220KΩ程度にすれば良い、という結果です。
10KΩではキャリア不足で過変調になりそうなので4.7KΩに変更し、1KHzの正弦波信号を入れてAM変調してみます。
Fc:1MHz 100mVpp
Fs:1KHz 200mVpp
OUT:350mVpp(-5.1dBm)
キャリア調整:+側/無信号時210mVpp
変調度:71%
AMラジオの基本解説でよく見かける振幅変調の波形です。
Fc:1MHz 100mVpp
Fs:1KHz 200mVpp
OUT:350mVpp(-5.1dBm)
キャリア調整:-側/無信号時210mVpp
変調度:71%
プラス側とは移相が反転した出力になります。
Fc:1MHz 100mVpp
Fs:1KHz 200mVpp
OUT:350mVpp(-5.1dBm)
キャリア調整:-側/無信号時210mVpp
変調度:71%
拡大してみても綺麗です。調子に乗ってキャリアを282mVppに戻すとやはり歪が出ます。
色々試してみた結果、プラス側よりもマイナス側でキャリアリークを取った方が歪が少なく良好でした。
なおここでは公開していませんが、キャリア周波数をこれよりも更に低い可聴域の周波数にした場合でも、同様に動作することを確認しています。
NJM2594のまとめ
NJM1496Dについて
大昔に登場した有名な「MC1496Pの」セカンドソース。色々なDBMが登場してはディスコンになっていった歴史の中で、唯一現行生産品として生き残っている品種です。
なので実績という点ではピカイチ!データシートを見ると分かりますが、特性も良くて幅広い条件で使うことができます。もちろん、中波帯でも問題なく使えます。
ただ、外付け部品が多いという点がマイナスポイント。内部回路からの外出し端子が多いのでカスタマイズ性が高いのは良いのですが、多くの場合そこまで凝った回路にすることは少なく、簡単に組めることの方が求められます。
さらに、-8Vと+12Vという高い電源電圧が必要な点も弱点です。12V単電源で使うこともできるんですが、それはそれでさらに外付け部品が増えてしまうんですね。
その代わり、消費電流はわりと少なく2~5mA程度となっています。
ちなみに、半導体型のDBMはどれもギルバートセル乗算器(差動回路を発展させたもの)がベースなので、現代のDBMであるNJM2594と中身は大して変わりません。
以下は、データシートに載っている標準回路ですが、先人達によるといくらか部品を減らすことはできるようです。
DBMの入手先
安価で入手性は良いので、今のところ困ることはないでしょう。
但し、DIPパッケージのMC1496Pセカンドソースで現在製造中なのはNJM1496Dだけです。オンセミなど他メーカーのDIPはディスコンになり、表面実装品に移行しています。
NJM2594V | MC1496P | |
---|---|---|
秋月電子通商 | ● | ●(NJM1496D) |
RSオンライン | ● | ●(MC1496DG) |
せんごくネット通販 | × | ●(NJM1496D) |
サトー電気 | × | ●(LM1496H) |
ボントン | × | ●(NJM1496D) |
Mouser | ● | ●(各種有り) |
Digi-Key マルツ | △ | ●(各種有り) |